79 一茶「生きもの句帖」& 娘の退社
一茶の人生、波瀾万丈。
実母を早く亡くし、妻、子4人を亡くし、母違いの弟との財産のことでの確執が長くあり、
病気をして、流浪し、落ち着くことのない人生であった。
が、今7代目が信濃町に住んでいる。
一茶が求めた一人の我が子が、子を産み、また孫を産み、
令和の今も一茶の血脈はつながっている。
★娘が、ついに退社を上司に伝えた。
六本木への通勤ラッシュに長年苦しんでいた。
美和ちゃんのカニューレがとれないこともあり、
通勤はもう無理、と言っていた。
10年勤務し、半分は妊娠・出産・育休に費やした。
2011年3月11日は、娘は大阪出張からの帰りで、岐阜羽島駅で足止めされた。
あの日は、PCでホテルを取るの必死だったなぁ・・・
朝一番で、新幹線が動く情報があり、
ノロノロ運転で娘は東京駅に帰ってきた。
その後
2013年9月12日 太一誕生
2015年6月21日 かずくん誕生
2019年1月7日 美和ちゃん誕生
役員さんたちは「若い人が赤ちゃん生むのはいいことだ」と娘を応援してくれた。
しかし、
3番目の子は、ママがいないと育たない。
上二人も、ママがいることで精神的にとても落ち着いている。
パパの会社もなんとか持ちこたえられそう。
家のローンに、今年はパパの給料が減らされ、ボーナスもなし、
そのうえ、娘の収入がなくなると、きついかな・・・きついよね・・・。
娘は京女の血が入っているもの、賢く切り盛りできると、母は信じてます!
京女は、お金がなくても、涼しい顔して、着物きちんときれいに着て、習い事して、
家ではお茶漬け食べてますねん。
(京都のお茶漬けは、冷ご飯に、お番茶かけて、塩昆布で食べます。・・・
私の子供のころ、西陣ではそうでした。)